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【晴明神社】《祭神・安倍晴明(せいめい)および倉稲魂命(うがのみたまのみこと)》441-6460

 社伝によれば、寛弘4年(1007)晴明の屋敷跡を神社化したものといい、晴明はわが国陰陽道の始祖として仰がれる。創祀以来、朝野の崇敬を得たが、応仁の乱後、幾多の戦禍によって社運は衰微した。現在の本殿は昭和三年の再建。

晴明神社鳥居 一条戻橋(昔の欄干) 晴明井
本殿 1 本殿 2 社務所

安倍晴明の出身地 大きく分けて3つの説があり、大阪、讃岐、茨城。この中で最も有力なのは、大阪説。『葛乃葉(くずのは)伝説』によれば、晴明の父は大阪市阿倍野区阿倍野の出身とされている。「いまから千年以上昔、阿倍野に安倍(あべの)保名(やすな)という男が住んでいました。あるとき、和泉(いずみ)信田明神(しんでんみょうじん)にお参りをすませて帰ろうとした保名の元へ、狩りで追われた白狐が逃げてきて、これをかくまってあげました。その後、白狐は女の人になって、保名のところへ来ます。名前は葛乃葉(くずのは)と名乗りました。ふたりは結婚して阿部神社の近くに住み、やがて子供が生まれ、安倍(あべの)童子(どうじ)(晴明の幼名)と名付けました。」としるされている。

 狐は古来、霊力を持った動物として(あが)められており、白狐であった母親を持つ晴明は、天才陰陽師(おんみょうじ)として君臨することになる。晴明が阿倍野の出身というのは、安倍晴明神社(大阪市阿倍野区)の記録として残っている。

◇晴明才能 人に見えない鬼を見たことがある。鳥が話す言葉が分かった。龍宮城に行ったことがあるなどの言い伝えがある。また、『今昔物語集』では、こんな記録が残っている。「陰陽師の賀茂忠行のお供で出かけたとき、晴明は恐ろしい鬼たちが自分達に向かってやってくるのに気付きました。晴明は、牛車(ぎっしゃ)のなかで眠っていた忠行を起こし、術を使って隠れ、命を取り留めることができたという。」その後、忠行は晴明の才能に惚れ込み、陰陽道の奥義(おうぎ)のすべてを教え込んだ。

陰陽師とは 陰陽師には、二面性があるとされる。一つは中国伝来の陰陽(いんよう)五行説によって天体を観測して暦を作成する科学者的側面。そしてもう一つは、式盤を使って吉凶を占ったりして、また、(しき)(がみ)(陰陽師の意のままに動く鬼神)を自在に操る呪術師的な側面があるという。

一条戻橋 「あの世」と「この世」をつなぐとされた、一条戻橋。伝説では、晴明の父の保名(やすな)蘆屋(あしや)(どう)(まん)に殺害された場所であり、晴明が呪法を駆使して保名を蘇生させた場所でもある。晴明は二人の(しき)(がみ)を、この橋の下に隠していたとされます。今の一条戻橋は新築されたものですが、昔の欄干は神社に保存されている。

晴明墓所 清滝道三条東入ル小川を渡り、すぐを北へ二筋目東へ北側。車での場合、道が非常に狭いので注意すること。

参考資料 昭和京都都名所図会 竹村俊則著より

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