京都観光タクシー同友会の観光案内
【龍源院(大徳寺塔頭)】075-491-7635
1502年(文亀2)に東渓宗牧を開山として、能登の領主畠山義元が豊後の大友氏、周防の大内氏等と協力して創建。明治の初めに神仏分離により大阪・住吉神社内の慈恩寺と岐阜・高山城主だった金森長近が大徳寺内に建立した金竜院を合併した。大徳寺南派の本庵。
アプローチ | 庫裡 | 阿吽の庭 |
一枝坦の庭 | 龍吟庭 | 東滴壺の庭 |
1502年(文亀2)に東渓宗牧を開山として、能登の領主畠山義元が豊後の大友氏、周防の大内氏等と協力して創建。明治の初めに神仏分離により大阪・住吉神社内の慈恩寺と岐阜・高山城主だった金森長近が大徳寺内に建立した金竜院を合併した。大徳寺南派の本庵。
■本堂[重文] 1517年(永正14)頃に建立された単層、入母屋造、檜皮葺、玄関を付した室町時代の禅宗方丈建築で、表門[重文・鎌倉]とともに山内最古の建物。日本の方丈建築としては古例の一つである。本堂内部には本尊・釈迦如来坐像[重文・鎌倉]を安置し、襖絵には等春筆「列仙図」(雪舟の弟子)及び筆者不明の雄渾な「竜と波図」の水墨画を描いている。
■開祖堂 開祖・東渓禅師の塔所となっている一重入母屋造・檜皮葺きの建物で、南北朝・鎌倉・室町初期時代の禅宗様の粋を取り入れた昭和の代表作。
◆庭園 北庭・竜吟庭は室町時代特有の三尊石組からなる須弥山形式の枯山水庭園で、青々とした杉苔は果てしない海洋をあらわし、石組が陸地をあらわしている。作庭者は不明。南庭・一枝坦は正方形の地割に白砂敷とし、大小の石数個を配した蓬莱山形式の庭園で、近年の作庭。他に開山堂の前庭、本堂東の坪庭・東滴壺は、1960年(昭和35)に作庭された現代壺庭の傑作で、白砂敷きのなかに5つの石が3・2の石組みに分けて配されている。書院南庭・阿吽の庭は、近年築造された清楚な小庭で、阿吽の石と名付けられた2つの石は聚楽第の遺構といわれる。
◆寺宝
猿猴図 2幅で一対となっている掛幅で、長谷川等伯が描いたものと伝わる。
達磨図 中国禅宗の祖である達磨を描いたもので、徳川幕府の御用絵師だった狩野探幽が描いた。
種子島銃 天正11年(1583年)の銘により日本最古の種子島銃といわれる。
四方蒔絵碁盤・碁笥 豊臣秀吉と徳川家康が対局したと伝わる。碁笥とは碁石を入れる容器。
参考資料 昭和京都都名所図会 竹村俊則著より
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