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【妙心寺】《臨済宗妙心寺派本山》075-461-5226

 1337(建武4)年、第95代天皇、花園法皇が関山(かんざん)()(げん)を迎えて離宮萩原殿を禅寺に改め、開創した。足利(あしかが)(よし)(みつ)の圧迫や応仁の乱で一時荒廃したが、細川(ほそかわ)勝元(かつもと)の支援によって復興。後に数々の高僧を輩出し、戦国時代以降は織田信長、豊臣秀吉、石田三成、伊達政宗など各大名が帰依(きえ)した。その結果、塔頭や末寺が増加して隆盛。1579(天正7)年には、秀吉がその子鶴松の葬儀を妙心寺で営んでいる。現在、境内の内外に46の塔頭(たっちゅう)が点在、平地に立つ禅寺としては日本最大級の規模を誇り、全国に約3,400の末寺をもつ。在籍僧数は約7千人を数える。

三門 三門2 法堂
大方丈玄関 大方丈 浴室

勅使門(ちょくしもん)[重文] 1610(慶長15)年、総門として建立。蟇股(かえるまた)には桃山時代の特色をあらわす雄大な彫刻がある。なお門前の石橋は、同じく慶長15年対馬守藤原国久が総門橋として造った(むね)をしるした銅製擬宝珠(ぎぼし)がはめ込まれている。

三門(さんもん)[重文] 1599(慶長4)年の建造。空門・無相門・無作門。これを三解脱門(げだつもん)といい、求道者が涅槃(ねはん)に入る三種の方法を象徴した門で、禅宗寺院のシンボル。東福寺三門、大徳寺三門に次いで古い三門建築。上層正面はすべて(さん)唐戸(からど)とし、儀式のときは開放される。内部には中央(しゅ)()(だん)上に宝冠(ほうかん)をつけた観世音菩薩、(ぜん)(ざい)童子(どうじ)、月蓋長者をはじめ十六羅漢(らかん)を安置し、鏡天井や柱等には極彩色の雲竜や天人を描く。彩色絵は狩野権左衛門筆。6月18日の観音懺法会(せんぽうえ)には、拝観できる?

仏殿(ぶつでん)[重文] 1584(天正12)年に建立。1830年改造した唐様建築。創建当時は法堂も兼ねていた。内部は床瓦敷とし、正面須弥壇上に手に花を持った姿の釈迦如来坐像(拈華仏(ねんげぶつ))と阿難(あなん)迦葉(かしょう)尊者(そんじゃ)の像を安置する。

■法堂(はっとう)[重文] 開山300年遠忌を記念して承応4年(1655)から明暦3年(1657)にかけて建造。山内の建築物の中では最も大きなお堂。住持(じゅうじ)が法を説く場であり、普段は何も祀られていないが、法要に応じてその都度、その法要の対象の仏祖が須弥壇上に祀られる。内部の鏡天井には狩野探幽(かのうたんゆう)筆になる雄渾(ゆうこん)な「八方にらみの竜」の画が描かれている。

(どう)(しょう)[国宝] もと境内にあったが、近年(はっ)(とう)内に移された。『徒然草(つれづれぐさ)』に「黄鐘調(おうじきちょう)」として知られる名鐘で、わが国最古の鐘であることが知られている。内面に(めい)があり、文武(もんむ)天皇(てんのう)二年(698)造られたことがわかる。ちなみにこの鐘は、もと嵯峨の浄金剛院または花園法金剛院の遺物と伝えるがあきらかではない。梵鐘として次に古いと思われるのは、東大寺鐘楼の梵鐘で()くことができる。

■浴室[重文] 1587(天正15)年の建立。明智光(あけちみつ)(ひで)の叔父、密宗和尚が光秀の追善(ついぜん)菩提(ぼだい)のためという。俗に「明智風呂」と称する。正面入口上に大きな(から)破風(はふ)を付け、内部は(むし)風呂(ぶろ)と洗い場とからなっている。

■寝堂[重文] 法堂の北にあり渡り廊下によってつながっている。寝堂は居室の意で、住持が公式に接見するところ。今は法堂で儀式のあるとき、準備ができるまで住持が待ち合わす場所として用いられている。

■大方丈(ほうじょう)[重文] 承応3年(1654)の建造、方丈はもと住持の居所を意味したが、今は檀信徒の祖先を祀って、その供養を行う所、また、説教、講演その他の会合の場所ともなる。中央壇上には本尊阿弥陀(あみだ)三尊(さんぞん)(鎌倉)を安置する。もと石清水八幡宮の奥の院に祀ってあったもので、鎌倉時代の傑作。襖絵は狩野探幽(かりのたんゆう)筆、狩野益信の筆になる。

庫裏(くり)[重文] 1653(承応2)年の建造。庫裏は寺院の台所で七堂(しちどう)伽藍(がらん)のひとつ。平面は土間、大庫裏、小庫裏に分けられ、大きな行事があった時は、ここで腰上げ、鉢巻にたすき掛けをした雲水(うんすい)(修行僧)たちが何百人の(とき)(食事)を調える場所であり、厳格な作法に従って食事をする場所でもある。

◇禅とは 坐禅を中心とする修行をとおして、真実の自己に目覚め、人間として正しく生きることをめざす宗派を禅宗と呼ぶ。今の日本には、臨済宗(りんざいしゅう)曹洞宗(そうとうしゅう)黄檗宗(おうばくしゅう)の三宗がある。「禅」という言葉は、もともと「ディヤーナ」という古代インド語(サンスクリット)の発音を漢字で音写(おんしゃ)して「禅」という字をあてたもの。その直接の意味は、静慮、瞑想ということ。坐禅(ざぜん)、即ち、禅定(ぜんじょう)という修行方法は、釈迦がとった修行方法。心の安定を得て、人間の心の本性である仏心を悟ろうとすることから、臨済宗をとくに「仏心宗」とも呼ぶ。

◇花園 地名の起こりについてはあきらかではない。一般には右大臣清原(きよはら)(なつ)()の山荘に多くの草花が植えられていたからによるという『三州名跡志』の説を引用しているが、元来この地方の土壌が草花を栽培するに適した地であったからにもよる。鴨長明(かものちょうめい)の『無名抄(むみょうしょう)』によれば、漢学者大江佐国(すげくに)は円宗寺の傍らに閉居し、邸内に多くの草花を植えて楽しんだが、死後、その霊は蝶と化し、邸内の花に遊び戯れたことを(しる)している。

参考資料 昭和京都都名所図会 竹村俊則著より

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