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【向日神社】向日神(むかひのかみ)火雷神(ほのいかづちのかみ)・玉依姫命・神武天皇075-921-0217

 乙訓の中で、有数の古社の一つ。社伝によれば、718(養老2)の創祀と伝える。向日神は式内小社であるが、火雷神(ほのいかずちのかみ)はもと乙訓村に鎮座し(現、角宮神社)、式内大社に列せられていたが、社殿が荒廃したので、1275(建治元)向日神社に合祀された。それより向日神社を上社、火雷神を下社と称するに至った。創祀以来、上社は五穀豊穣の神として、下社は祈雨・鎮火の神として朝野の崇敬あつく、延喜の制には国家の祭祀にあずかり、明治になって府社になった。
火雷神(ほのいかずちのかみ) 大山咋命(おおやまくいのみこと)(松尾大社の祭神)、賀茂の玉依姫と神婚した丹塗矢の本身。向日神と共に大歳神(おおとしのかみ)の御子、素戔嗚命(すさのおのみこと)の孫という。

■社殿 本殿[重文]・幣殿・拝殿を接続した複合形式で、あたかも権現造りのようになっている。覆屋に包まれた本殿は、三間社、流造り、檜皮葺、1418(応永25)の建造で、明治神宮社殿のモデルになったといわれる。拝殿は五間に二間、単層、入母屋造り、本瓦葺、正面に一間の唐破風、檜皮葺の車寄せ(向拝)を付ける。内部は広い一室からなり、その背後の幣殿とのあいだの板壁には狩野派の画家の筆になる華麗な板絵がある。また、本殿と向拝の蟇股には、雲龍・牡丹等の透かし彫りがあり、垂木や枡組、虹梁等の木割手法等に室町時代初期の特徴がみられる。

◆文化財 藤原清貫筆『日本書紀神代紀下巻』[重文]・小野通風筆の額「正一位向日大明神」、豊臣秀吉、徳川歴代将軍のご朱印状など。

□向日山 「むかひやま」ともいう。向日神社の背後の山をいい、向日丘陵の最南端に位置する。標高63.6m。山頂からは向日市や長岡京市一帯を望んで、眺望がよく、古来、歌枕にもなった名山である。『山州名跡志』によれば、一に「勝山」とも呼ばれるのは、豊臣秀吉が征韓の途次、向日神社に参詣して山の名を神官に問うたところ、「勝山」と答えたので、秀吉は大いに喜んだ。それより勝山と称するようになったとつたえる。

六人部家(むとべけ) 六人部家は、代々、向日神社(上社)の宮司を務めてきた。それ以前は、下社の宮司をしていた。鎌倉時代の承久の変(1221)で下社が焼失し、六人部家は一時丹波に逃れた。その後、上社の宮司を務めるようになったという。六人部家中、六人部(むとべ)是香(よしか)(1798 ~ 1864)は、幕末の向日神社の神職であり、国学者だった。弟子に、坂本龍馬、副島種臣、中岡慎太郎などを輩出している。

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