京都観光タクシー同友会の観光案内
【三宅八幡宮】《祭神・応神天皇》TEL075-781-5003
社伝によれば、推古天皇の時代(6~7世紀)、聖徳太子の命により小野妹子が遣隋使として隋におもむこうとした折に、道中、築紫の辺りで病気になったところ、近くにあった宇佐八幡宮に祈願するとまたたくまに全快し、随に渡った後も、数々の危難を免れ、無事帰国することができた。聖徳太子の没後、上高野の地に移り住んだ小野妹子はその時の恩に報いるため、宇佐八幡宮を勧請し、八幡神を祀ったと伝わる。後に、南朝の忠臣であった、「備後三郎三宅高徳」がこの地に移り住んで大神を崇敬、いつしか「三宅八幡宮」と称する。また、大化の改新前の大和朝廷の直轄地である屯倉が置かれたからであるとも。明治天皇が幼少のころに重い病を患い、神社に祈祷を命じ、天皇の病が治ったという。
■本殿 応仁の乱の戦火によって全焼、数十年後に里人たちによって復旧され、明治時代に入ってから拝殿(明治2年)、本殿(明治20年)が再建。
□虫八幡 子供の「かん虫封じ」の神として信仰。元々「田の虫除け」の神であったが、後に「子供の虫除け信仰」に移った。幕末から昭和初期までの間に奉納された大絵馬のうち133点の絵馬が「子供のかん虫封じ」を中心に「育児習俗」および「十三参り」などの成人儀礼に関連。なかでも幕末から明治30年代にかけて奉納された、「かん虫封じのお礼参り」の参詣行列を描く絵馬群がよくまとまっており、描かれる人数の最多のものは638人が描き分けられている。
■絵馬展示資料館 2008年5 月にオープン。数年前、百年ぶりに行われた絵馬堂の整理に際し、大絵馬が大量に発見。絵馬の保存作業が始まって市内の公的施設で管理されていた「三宅八幡宮の絵馬」を披露している。
□神様の使い 宇佐八幡宮から石清水八幡宮へ八幡神を勧請した際に、白い鳩が道案内をしたと伝えられ、以来、八幡宮の「鳩」は「神様の使い」として大切にされてきた。鳩は八幡神の使いとして武士などに信仰、三宅八幡宮と鳩との関係がこれほど深いものとなったのはいつ頃か詳細は不明。ちなみに、狛犬の代わりに石の鳩、神紋も「対い鳩」となっている。
□神鳩 お宮参りの際に、「神鳩」という、土製のつがいの鳩を授与。子供が無事成長した折にお礼に返礼。金色の首の輪があるほうがオス、ないほうがメス。
□名物鳩餅 「鳩餅」は、三宅八幡宮でしか頂くことができない。米の粉を蒸したもので、白、ニッキ、抹茶の三種類。茶店で頂く事ができる。