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【金地院】《南禅寺塔頭》075-771-3511

 足利義持(あしかがよしもち)が大業徳基を開山(かいざん)として北山に創建したのを、1596年、以心(いしん)崇伝(すうでん)が現在地に移建再興。崇伝は徳川家康に信任され、天下僧録司(そうろくす)に任じられ、宗教界の行政・人事を左右、“黒衣(こくい)宰相(さいしょう)"と呼ばれた。明治に至るまで当院の住持が僧録司の職にあった。

以心(いしん)崇伝(すうでん)(1569-1633) 金地院崇伝とも呼ばれ、天海(てんかい)僧正(そうじょう)(東叡山寛永寺を開く)と並んで徳川家康の側近くに仕え重用される。家康以下三代の将軍の信任を得て僧録司(そうろくす)となり、宗教行政・外交に従事、諸法度の制定にも参画した。著「異国日記」「本光国師日記」など。家康の死後その遺言の解釈(家康は明神か権現かという問題)を巡る天海との論争に破れ、中央から一時的に身を引いいたという。

唐門(からもん) 明智門(あけちもん)といい、明智光秀が母の菩提(ぼだい)のために建立したものと伝え、もと大徳寺にあったものを明治初年に移築。

方丈(ほうじょう)[重文] 伏見城の遺稿(いこう)を移したもので、内部は床・棚・(つけ)書院(しょいん)帳台構(ちょうだいがまえ)を備えた書院造。正面に「布金道場」と大書した額は山岡(やまおか)(てっ)(さい)筆。障壁画は狩野尚信筆と伝える。二条城二の丸御殿や知恩院方丈と相通じるものがある。

庭園[特名] 『鶴亀の庭』小堀(こぼり)遠州(えんしゅう)作の枯山水庭園。前面の白砂は宝船を象徴すると同時に海洋を表す。長方形の大きな平面石は背後の東照宮(とうしょうぐう)遥拝(ようはい)(せき)であり、その右が鶴島、左が亀島。中間に群仙島、前方には蓬莱石組、背後の大刈込は、山々の深山(しんざん)幽谷(ゆうこく)を現すという。

(はっ)窓席(そうせき)[重文] 遠州好みの三畳台目(だいめ)の茶席で、もとは窓が八つあったが、現在は六つ。(にじ)り口に外縁、茶道口が高いのが特徴。曼殊院の「八窓軒」とともに名高い。拝観は要予約。

小書院(こしょいん) 襖絵(ふすまえ)老松図(おいまつず)』『猿猴捉月図(えんこうそくげつず)』は、長谷川(はせがわ)(とう)(はく)筆といわれ、桃山時代の水墨画の代表作とされている。

東照宮(とうしょうぐう)[重文] 拝殿(はいでん)・本殿からなり、徳川家康の遺髪(いはつ)念持仏(ねんじぶつ)を奉る。京都唯一の権現造(ごんげんづくり)。権現造とは、ご神体を安置する「本殿」とご神体を礼拝する「拝殿」とを「相の間(石の間)」でつないだ3室で構成されている。北野天満宮がモデルといわれる。拝殿は(なき)(りゅう)になっていて、手をたたくと反響する。天井図は狩野探幽(かのうたんゆう)筆、三十六歌仙の額は()()(みつ)(おき)筆、歌は青蓮院尊純法親王の筆跡という。

開山堂 崇伝の塔所(とうしょ)。左右両側に十六羅漢(らかん)が安置。勅額は後水尾天皇(しん)(ぴつ)

参考資料 昭和京都都名所図会 竹村俊則著より

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