京都観光タクシー同友会の観光案内
【桂春院(妙心寺塔頭)】《妙心寺境内》075-463-6578
1598年(慶長3)に織田信忠の次男、津田秀則によって創建されたが、秀則の死後、1631年(寛永8)に美濃の豪族、石河壱岐守貞政は亡父光政の五十年忌を営むために再興し、桂南守仙(けいなんしゅせん)和尚を請じて開山とした。このとき寺名を桂春院と改めた。
山門 | 庫裏玄関 | 坪庭 |
庭園1 | 庭園2 | 庭園3 |
■方丈 単層、入母屋造、桟瓦葺、寛永再興時の建造とみられ、内部は仏間と室中の間を設け、本尊・薬師如来像を安置する。方丈各室の障壁画はかなり損傷しているが、すべて狩野山雪の筆と推定され、山雪遺作としては見逃せない。
方丈室中には「雪中山水図」12面、西の間には「松山水図」8面、東の間には「芦に雁図」8面、その奥の間には「山水図」7面がある。
◆庭園[史名・江戸] 方丈・書院のまわりに4つの庭があり、方丈北側の枯山水の坪庭「清浄の庭」、方丈南側は苔の美しい平庭「真如の庭」、方丈東側には馬酔木やもみじなどの樹木が植えられ奥山の風景をかもし出す「思惟の庭」、そこから梅軒門をくぐると、書院前庭の「侘の庭」となる。「侘の庭」は、茶室「※既白庵」に通じている。
※既白庵 書院の東北隅に、ひとに気づかれないように造られている。この茶室は長浜城より移築されたと伝えられているが、外観は茶室とわかる造りであるので、茶の湯の規制が緩やかになった江戸末期に改修されたといわれている。内部は三畳敷で、中柱を立てて台目切の炉であるので、二畳台目の席と似た形式。手前畳が本畳であるので少しゆとりが感じられるという。千宗旦の門下である藤村庸軒が好んだと伝えられており、床脇の墨跡窓などは、庸軒の残した名席である黒谷・西翁院の「澱看席」に通じるものもあり、その一派の人の好みであることが推測できる。
□妙心寺と茶 茶の湯が公に行われていた大徳寺に対して、妙心寺では修行の妨げになるとして、茶の湯、香、生け花などは表向き禁止されていた。修行を終えた老僧たちの間で、静かに行われていた様子が、妙心寺内の茶室が目立たぬように奥まったところに設けられていることからうかがうことができる。
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